東北・関東大震災レポート その6 (3/26更新) 

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今、3月25日朝6時。原発事故が、このまま終息に向かうことを祈りつつ、書いています。頼まれていたアメリカの日系の新聞記事をようやく書いてメールしたところです。

今日の午前1時30分、2泊3日でかけまわった仙台・福島を立って、東京に着きました。ニュースでは、東京の水道水から、放射性物質が検出され、乳幼児を持つお母さんにミネラルウォーターが配給されたとのニュースが流れています。ここ数日、仙台、福島で、緊急支援を行ってきました。東奥島市、石巻市、そして今日は、福島県の新地町から入って、相馬市、そして、南相馬市では、福島第一原発から25キロ地点に救援物資を持っていくことができました。

311東松島のお寺の避難所では、持っていったレトルトカレーがとても喜ばれ、婦人たちが料理する部屋や皆さんが過ごす部屋に案内され、歓待されました。「浜の方にはまだ、300人ぐらい、遺体がそのままなんだよ。とてもありがたいよ、、、」ほかの3ケ所や、石巻の4ケ所では、毛布、衣類、食事等は、全国からの支援物資は十分ということで、受け付けられておらず、洗面キットや洗剤等を持っていきました。「康生(こうせい)(3才)を、探しています」との手記が張ってあり、とても心が痛みました。自分には第三子のジョセフ(2歳半)がいるが、突然流されて、見失ったら、どんな気持ちになるかと思いました。

311311石巻の表通りから、住宅地の道路を入っていくと、惨状はますます激しいものになっていきます。車は激しくつぶれ、1階、2階に折り重なっています。自衛隊員や警察のグループが通り過ぎていく以外、静まり返った通り道が続きます。100メートルほど過ぎると、一階に車が2台、突き刺さっている家の前で、がれきをかたづけている家族がいました。60代ぐらいの方が手を休めて私どものところに来てくれました。手伝っておられた方が来られて言いました。「二人の息子さんと奥さんを亡くされたんです」とのこと。「食糧はあまり、ないので、何でもありがたい」とのことでした。それでいくつか、義捐金で買わせていただいた食糧を渡すととても喜んでくださいました。「この奥にも、住んでる人いるから、分けてあげて、、、私たちはこれでもとてもうれしいから」と気遣っておられました。

そうした東松島市、石巻市の支援の翌日、原発事故で全国的に注目を集めることになった20−30キロ圏内で自宅避難命令が出ている福島県南相馬市、そしてその近隣の相馬市、新地町で救援物資を届けることが許されました。

311特に、福島県南相馬市ほかは、全国の関心度は高いですが、ボランティアチームの姿はなく、マスコミも被爆を恐れて、近寄らず、TVも基本的には電話取材等が中心です。そこで警察の許可のもと、25キロ圏内にある産婦人科医の高橋医師のもとに皆さんからの義捐金で持っていった食糧の一部と水をもtっていきました。途中、津波で大きな被害を受けたエリアも走りましたが、30キロ圏内ということで、復旧作業がされておらず、巨大な高圧電線の塔が倒れて、まだ電線が6,7本道路にぶらさがっていて、その下をくぐっていくとか、そのような状況で、筆舌しがたい、津波の威力を感じながら、いろいろと考えました。その状況をゆるされた神様の思いや恐れるなという詩篇46篇、人が近づかないエリアと化した20−40キロ圏内の人々の苦悩や必要のこと、また、シロアムの塔のイエス様の話しから、全員、特に自分の悔い改めの必要などを思いました。

詳細は、以下に書きますね。少し、時間をさかのぼり、前回、レポート5の買い出し初日のレポートの後の続き、3月22日(火)朝から始めますね。

3月22日(火)

朝9時開店めざして、西友へ。8時50分に着くと3−4人並んでいて、55分には、15人ぐらいになりました。チア・スタッフ3名で昨日の台車2台を持っていきましたが、西友の方が、2台のうちの1台が西友のものだと気づいてけげんな顔をしてました。それで「今日、仙台・福島行きの食糧調達です。昨日、店長さんに特別に許可いただいてダンボール80箱分買いました。駅の反対側に住んでいて、台車も貸してもらったんです。今日、9時に来れば、さらに買えるのでと言われて早くきたんです。」そうしたら、西友スタッフの方も「そうですかー。わかりました」ということで、その場に並んでいて不思議そうに見ていた人々の間にも、温かい雰囲気が流れました。「(西友スタッフの方)今日はお米もありますのでー」「(稲葉)すみません。お米はどこに売ってるのでしょうか(チア事務局の僕の日本滞在用だったのですが:-))」「1Fです。私がご案内しますので大丈夫です」まわりの人々から笑いが出ました。「では開店です。皆さん、走らなくて大丈夫です。ではお米売り場にご案内します。こちらです」とVIP待遇で、お米売り場に招かれ、1袋買いました。(これは、義捐金とは別会計(^O^))。その後、今朝入荷のカップめん約150個を全部買って、レトルトコーナーへ。ふと気付いたのは、あっためるだけのカレー系のレトルト、いいなーという案。カップめんもあきるので。一つ89円ー150円ぐらいがたくさんあり、子ども用も含め400食ぐらい買えました。あとハヤシライスとか、親子丼とか、すきやきとか。それから、味噌汁の粉末系をたくさん。それで10数万円ぐらいになって、多分、堀井卓さんのクル―と足して、45万円の予算に達したかな。西友のレジの女性スタッフの皆さん10名ぐらいに、「僕たちクリスチャンの団体で、今日、支援物資を届けます。ちょっとお騒がせしますが、よろしくお願いします」と、話して、ダンボール約20箱詰め、スタート。西友の女性スタッフの皆さん、皆、協力的で感謝。ところがある男性が、ちょっとムっとして、箱詰めしていた僕を通り過ぎた。レジで会計をしていた桑谷美穂スタッフが「次からは、こんなに買わないでください」と言われましたとのこと。しまったと思いました。昨日は、慎重に、責任者の方に、あいさつしてから買いましたが、今日は油断した入りきれない物資というか、昨日OKもらってるから大丈夫だろうと思い、今日の責任者にあいさつしてませんでした。卓さん、洋二さんクル―も昨夜、ある店では、「それはこまります。だめです」とにべもなく断られたという話しを思い出しました。それで、改めて、レジの方に、「責任者の方おられますか」と話すとそばにおられた中年の男性の方が、「何でしょうか」ということで、「私たちはクリスチャンの団体で、予算50万円で、今日、、、、、」と説明。その方は、感心してくれた様子で、笑顔で「わかりました。責任者に伝えます」とのことで、ハレルヤ。教訓としては、どんないいことも、礼節と謙遜と、筋を通すことと、それと気を抜かないことを改めて思いました。聖霊の力により頼んでの知恵と大胆さをもって。でも、今朝もたくさん仕入れ、しかも作夜のカップめん、缶詰、チョコレート、果物とは違う物をそろえられたので、すごい良かったです。

 

台車2台で、チア事務局のあるマンションに帰ると、高齢の婦人が「偉いね―。素晴らしい。本当は私も何かしたいの。でも、何もできないから、なにか、落ち着かなくて。でも、代わりにやってくれてありがとう!きっと喜ばれると思う」と先頭車を押していた桑谷美穂スタッフのために、ドアを開けてくれました。事務局のドアの前に来るとさらに2人の女性が集まってきて、「今日、行ってくれるの。ありがたいねー」とのこと。「今、毛布は十分、あるところが多いようですが、食事は、十分な避難所もあるけれど、足りないところもあるそうです」「毎日のことだからねー。うちのマンションから行ってくれてうれしいわ」とのこと。部屋に入ってから「(稲葉)あれ、ドアで会った方が、一回りして、裏口から入ってきたのかな?」「(桑谷)違う方ですよ。なんか、マンションの人たちのいい噂になっているようですね、、」とのこと。4トントラックが来るので、受け付けの方に、伝えに行くと、もう知っておられる様子で驚きました。「(稲葉)5時ごろ、4トントラックともう1台、ランクルが来ると思うので」「(管理人さん)では、4時から、駐車場確保しておきますね。」「(稲葉)多分、5時ぐらいなので、その頃でも、、」「(管理人さん)いや。4時からしっかり確保しておきます。」とのことで、とてもうれしかったです。

トラック到着

5時15分に、トラック入線。みんなの温かい関心が集まる中で、丸森の白に水色のベースに「聖書 神はその一人子を与えたほどんに世を愛された イエス・キリスト」等、みことばが大きく書かれたいいデザインのトラック。計画停電で時間をもてあましたのか、小学校低学年の子どもたち4人がお父さんに連れられて、見にきました。「わー、中で寝れるようになってるんだー」とうれしそう。お父さんにや、過ぎゆく、マンションの住人に、少し、説明して、みんなにこにこでした。とてもいいタイミングで聖句入りトラックが来てくれて、本当に良かったな―と思いました。

311途中、愛知県豊川の丸森チームの中継倉庫からの、支援物資配達のバンと合流。関西では、チアの皆さんやほかの皆さんがこの豊川の倉庫に支援物資を送ってくださっています。おむつやら粉ミルクやら、支援物資が合流して4トン車もいっぱいになり、いざ、仙台へ。首都高は、超ガラガラ。ガソリン不足で、皆、走るのを控えているのでしょうか。東北道は、緊急車両のみの通行なので、すいすいでした。そして、無料。昨日、緊急車両の交付を受けてとても良かったです。仙台には、12時ごろに無事、到着でした。ハレルヤ!

23日(水)

朝6時過ぎから朝食。ポールJr.とジャシュアがいたので、東松島での体験を聞く。「(ポール)本当にすごい体験談は、実は、みんなには話してないんだ。」「(稲葉)あ、そうだったの?では、どうだったんだ?」「(ポール)7人のチームで撮影に行ったんだ。最初、橋を渡って、沖の方に歩いて行ったんだ。20分ぐらいかな。そうしたら、思ったほど、良くなくて戻ることにした。責任者としては格好悪いなーと思って、はづかしかった。でも、良い撮影をするためには、恥とか関係ないと思って、砂浜に戻ったんだ。そうしたら、地震。立っていられない。波に並行して、砂浜に、200〜300メートルぐらいの地割れが、次々と走るんだ。数十本かな。そして、間欠泉みたいに、水があちこちで高くしぶきを上げる。それで、皆、急いで戻るんだ。女性スタッフは、パニック。

311後で車の中で、「だから、イエス様、信じるんだよ」っていったよ。サムエルは、駐車場で3台車が渋滞。停電でポールが下りたままなのに、先頭車両の人が一生懸命、クレジットカードを入れて、開けようとしてるんだ。真面目なんだね(笑)。そこでサムエルが遮断機のところに行って、ばきっと折るんだ。その時、サムエルも動揺して「バカヤロー!」って言ってたよ。本人は「絶対、言ってない!」って後で否定してたけど(笑)。でも、それで駐車場の車は7−8台かな、みんな無事に脱出できた。地震について、CNNかどこかの記者が、日本に100トン以上の支援物資を送ったフランクリン・グラハムに意地悪な質問してた。「神様がいるなら、なぜ、こんなひどい地震を起こすか」って。フランクリンは、聖霊の知恵で答えていた。「詩篇46章。神様は地震も、津波も、そして、メルトダウン、炉心溶解も起こすと聖書に書いてある。」と。この前、ロサンゼルスから日本に戻る時、飛行機の隣の席の人がクリスチャンだったけど、同じような疑問をもっていた。だから、僕は答えたよ。神様は愛の神だけど、その側面だけで、クリスチャンはごまかしてはいけない。神様は義の神であり、愛ゆえに、人間の魂をい立ち返らせるために、地震も、津波も、メルトダウンも、起こすと書いてある。新約聖書にも、塔が倒れて被災者が出たのは、誰のせいかと聞かれた時、イエス様は、あなたがたは悔い改めなさいと言った。だから、今、必要なことは、これもまた、神様の許された事象であり、このようなことが起こるとあらかじめ、聖書に書かれていたことで、そして、全員が悔い改めることだって。そうしたら、その人は、兄弟、ありがとう。これでよくわったよって答えてくれた。」誰かが言った。「もちろん、石原知事のように、神の天罰だ!と言って、上から威張っているのとは違うよ。本当に愛の神様ゆえに、全員が悔い改め、キリストに立ちかえるときだということだよ。」

支援物資

8時30分に明泉のそばの倉庫に集合。フランクリン・グラハムのサマリタンの93トンの支援物資や、国際飢餓機構とか、いくつかの物資が集まっていました。そこで「稲葉さん!」と声をかけられたので見ると、関西の大橋牧師。2004年かな、兵庫の光の子どもチャーチスクールを取材した時、理科の先生をされていて、インタビューしたことがありました。当時小さかった息子さんが今、高校生に成長して一緒に来ていました。また、「稲葉さん」と声をかけられたので見ると国際飢餓機構の皆さん。聞くと、2005年あたりに八尾福音自由教会を会場にチア・コンベンション(関西地区)をした時に、参加されておられたとのことでした。感謝。それからCGNTVの皆さんも来られていて、これまた、良き交わりが持てました。いろんな教会や団体が心合わせて、神様のために、労せることはとてもいいと思いました。

311サマリタンパースのリーダーのポールさんと丸森のナタンやサムエルらのミーティングが終了し、積み込みスタート。そこでものすごいパワーを発揮していたアメリカ人の方がいたので、面白いなーと思って話してみました。彼は救世軍のバッジをつけていたので聞いてみると「救世軍のスタッフは、被爆するのが恐いと言って、誰も来なかったんだ。僕は、救世軍のボランティアスタッフ。実際、放射線の濃度が測れるチェックメーターをつけるようにということで給付されてもってるけど、全然、大丈夫だよ」とのこと。そして、チェック計を笑顔で、見せてくれました。

支援物資積み込み準備中にホームスクーリングを今春スタート予定の伊澤さんが登場。HPで私たちの仙台入りをいち早くチェックし、卓さんから情報を得ての参加。東京在住ですが、仙台出身で、震災後、勤務も仙台に派遣されたそうで、自分一人で被災者を訪問して差し入れ等、行ってこられたそうです。一緒に、被災地へ参加希望で、ちょっと急だったけど、ナタンにお願いしました。「伊澤さんは、よく知っているチアのメンバーであり、大丈夫な人。そしていざとなったら、僕たちの車で対応」、ということで、特別許可をいただき、感謝でした。(僕たちの車は、行きは救援物資で満杯で乗れず、また、帰りは、仙台に寄らずに、別れる予定でしたので、若干、微妙。いずれにせよ、ナタンたちに、お世話になるので、とても感謝。)なにか、神様は、伊澤さんも、送ってくれた気がしたので、頼んでみたわけでした。結果的に、伊澤さんも現地で活躍してくれて、またこのタイミングで現地を一緒に見れて体験や情報を共有でき、今後のためにも、とても良かったと思っています。

10時30分に出発。昨日、ジェイコブが、支援物資の希望調査を東松島でしてくれて、その調査をベースに配布に向かいます。僕は、ビデオ撮影も頼まれ、写真とビデオカメラを両使いしながら臨みました。

石巻車

東松島市は、チア・サマーキャンプで8年間、お世話になってきた松島、野蒜(のびる)海岸があるところです。湖に突き刺さった車や、押しつぶされた家々をみて、悲しみを覚えながら、最初の避難所に向かいました。最初は、お寺。持っていった支援物資(洗面、洗剤&シャンプーセット、100メートルx20メートルの厚いブルーシート、バケツ、水入れ袋)を、皆さん、心から喜んでくれました。リーダーの方に、「食料品は必要ありますか」と聞くと「あるとうれしいです」「(稲葉)ボンカレーとか、レトルトのありますけど」「(リーダーの方)あ、そういうのがすごくいい!」「では」ということで、置かせていただきました。昨日、追加でアイデア与えられたのが大ヒットだったので、とてもうれしく思いました。リーダーの方は、「もし良かったら、中に入って、皆さんに会いませんか」とのこと。遠慮してたので、それもとてもうれしかったです。それでサムエルに伺って許可をもらい、何人かで一緒に中へ。「こちら、台所です。お母さん方が、みんなで楽しく、料理してます。良かったらどうぞ。カメラで撮影してもいいですよ」ということで、連れていってくださいました。10数名のお母さん方が「ありがとうございます。」と若干、照れながら明るく答えてくれました。こちらは、みんなで休んでいるところということで避難所の100畳ぐらいの畳の部屋。約100名ぐらいの皆さんの布団と広間。林間学校の朝の雰囲気。松島避難所遠慮しつつ、ちょっとだけ、短かく撮影させていただいて、戻りました。皆さん、すごくあたたかく迎えてくれました。後で、卓さんと話しあったのですが、お寺が地域のコミュニティの場になっているなーということ。誰かが、「今朝のニュースで、お役所では、フォローできない。アメリカの場合は教会が、コミュニティをきめこまかくフォローするんだけど、日本には教会がその役を担ってないので」と言われてたと言ってたとのこと。アメリカの教会のいいところを言ってくれてよかったな―と思いつつ、その点、日本のクリスチャンたちが考えるところなのかなと思いました。もし今、全国の教会が、たとえば、数家族でも、福島原発事故からの避難の方を迎えたら、みんな、ますますキリストに心を開くだろうな―と思いました。既に始めている教会も聞いていましたが、テレビの解説者に言われた状況が大勢だと思うので、、、。そう思っていたら、桐山塁さんたちの教会が数家族、受け入れを募集されたりしたメールが届き、とてもうれしい思いでした。

311

2ケ所めは、大きな中学校の避難所。ひとなつっこい子犬が玄関につながれていて、かわいかったです。そして、青空の中の避難先の白い校舎がとてもきれいでした。玄関先での対応でしたが、帰り際は、数人の方が、何度も何度も頭を下げておられました。3ケ所めは、小学校。中高生たちが5,6人出てきてくれて手伝ってくれました。玄関にある「遺体安置所はこちら」という張り紙が痛々しかった。市役所の隣の会館でした。ここでは、ひなたぼっこしてたばこを吸っていた高齢者のみなさん7,8人が、喜んでくれました。

船が道路に

ボランティアチームに、南アフリカからの方がいたのですが、「おれもマグロ漁船に乗って行ったんだよ」リクエストの量が多かったので、20人近く、スタッフや被災者の皆さんも加わって、30人あまりで入れました。チアの伊澤さんが、「稲葉さん、2Fの避難の皆さん、すごいですよ」と言ってくれたので、撮影の合間に一瞬、取材。200人あまりいる皆さん。広いのと、若者が多いせいか、出はいりが活発で、アクティブにされている感じがしました。「(稲葉)毎年、夏には、全国から、300人ぐらい集まって、野蒜(のびる)海岸に来てたんですよ。海の家のおじさんとか、どうしてるかな、、、と思って」「浜の方はひどかったから。まだ、浜の方では、500、600人は死んでるよ」最後はおじさんたち、「ありがとう、ありがとう」と何度も言ってくれて別れました。

311

お昼。突然、湖と化した東松島の浜辺近くの集落での食事。湖に突き刺さった車を遠くに見ながらの食事でした。

午後は、明日の配布先のリサーチを兼ねて、石巻市に向かいました。この惨状は、筆舌しがたいものでした。乗用車が二重三重に重なって重なり、歩道や店舗にあふれかえる惨状でした。家が折り重なって全壊している街並みが延々と続きます。

石巻

さらに石巻の表通りから、住宅地の道路を入っていくと、惨状はますます激しいものになっていきます。車は激しくつぶれ、1階、2階に折り重なっています。自衛隊員や警察のグループが通り過ぎていく以外、静まり返った通り道が続きます。100メートルほど過ぎると、一階に車が2台、突き刺さっている家の前で、がれきをかたづけている家族がいました。60代ぐらいの方が手を休めて私どものところに来てくれました。手伝っておられた方が来られて言いました。「二人の息子さんと奥さんを亡くされたんです」とのこと。「食糧はあまり、ないので、何でもありがたい」とのことでした。それでいくつか、皆さんの義捐金で買わせていただいた食糧を渡すととても喜んでくださいました。「この奥にも、住んでる人いるから、分けてあげて、、、私たちはこれでもとてもうれしいから」と気遣っておられました。

石巻 家で止まったフロントガラス破壊の車

石巻の4ケ所では、毛布、衣類、食事等は、全国からの支援物資は十分ということで、受け付けられておらず、洗面キットや洗剤等のリクエストが続きました。ある避難所の訪ね人の掲示板には、「康生(こうせい)(3才)を、探しています」との手記が張ってあり、とても心が痛みました。自分には第三子のジョセフ(2歳半)がいるが、突然流されて、見失ったら、どんな気持ちになるかと思いました。

こうせい君

夕方、サムエルと別れて、僕たちは再び、石巻の港湾部へ。個人宅におられる人々には、食事とか直接渡せ、とても喜ばれるので、その方針での探索を始めました。原発から40キロあまりで、ボランティアも商売の人も来なくて、食糧がひっぱくしているという福島の新地町に行く計画でした。でも、今回、石巻で夕暮れとなり、新地町までは4時間あまりかかるとのこと。それで今回は、ここまで来れたということが御心なのかなーと思い、まだ、卓さんの車に残しておいたダンボール20数箱の食糧を石巻の個人宅に配りきって、東京に戻ろうとの新しい計画を立てました。そこにポールからの電話が届きました。「今、フィル・フォックスウェルと話してたんだ。明日の夜、仙台で、仙台の牧師たちが集まっての支援会議があると聞いた。これにHiroが出たらいいんじゃないかなーと思って、電話したんだ。スケジュールはどう?」

石巻 ダンプ

「(稲葉)あ、そう。連絡、感謝。それは地元の牧師さんたちを励ますためにも、顔出せたらいいかもね。ちょっと待って。,,,卓さん、明日の夜、仙台で、災害支援のための牧師会があるみたいだけど、卓さんのスケジュールは?無理なら、僕の足が無くなるから今日、一緒に帰るから、無理しないで」「(堀井卓)金曜は用事あるけど、明日の深夜までに帰れるなら、大丈夫です。もう1日残って大丈夫です」「((稲葉)無理じゃない?また、機会もあると思うから、無理しないでくださいね,,,」「(堀井)大丈夫です」「(稲葉)OK、わかった。もし、泊まるとしたら、丸森いってみたいっていってたよね?仙台の方が1時間ぐらい、近いけどどうする?丸森には、ここから3時間ぐらいかな、、、」「(堀井)ぜひ、丸森へ」「(稲葉)OK、了解。ポール、情報、ありがとう。今日、1泊延ばして、その会に出るよ。今夜、丸森に泊まっていい?卓さん、丸森初めてなんだ。それで泊まってみたいって。」「(ポール)もちろん、いいよ。じゃあ、ジャシュアに連絡しておくからね」「(稲葉)Thank you!」

石巻倒れる電柱

それで卓さんと僕は、日の暮れた石巻を後にして、一路、丸森へと向かったのでした。(明日は、予定どおり、福島の新地町に入って食料品が配れるんだな―。ナタンには、町役場の人がぜひ、もってきてくださいって言ってたというから、きっと喜ばれるだろうなー。)ニュースでは、3号機から、黒煙があがっていること、そして、東京で放射性物質が水道からみつかったと繰り返し流れてくるのでした。

夕暮れの石巻

 


その6 (3/26更新)
その5 (3/22更新)
その4 (3/19更新)
レポートその1、その2、その3
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