東北・関東大震災レポート その9

(4/25更新)
 

東日本大震災、被災者、関係者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。
福島第一原発事故への対応の上に神様の守りが、ますますありますように祈ります。

釜石

皆さん、こんにちは。第二回ボランティア(4月19日〜22日朝)、行ってきて、とても良かったです。今、現地では、様々なニーズがありますので、出かけることができる皆さんはぜひ、出かけられたらと思いました。準備周到でなくて、飛び込みボランティアでも、いろいろと喜ばれる仕事がたくさんあります。行ける方は、ぜひ、行かれたらと思いました。(詳細は、下記にレポートしますね。)

チアでは、第三回を5月10日(火)〜13日(金)で向かおうと計画しています。今回からは、ティーンたちも連れて行こうと思っています。5月7日(土)午後2時から準備&祈祷会も計画しています。参加ご希望の方は、当日、東京出発が可能であれば、大人でもティーンでも、どなたでも歓迎します。バスの手配等の関係で、人数を限る必要あるかもしれませんので、お早目にチア事務局まで連絡ください。(遠隔地の方で、準備会出れず、当日参加の方々も受け付けます。被災地での寝袋、食事は各自持参です。LIT経験者優先します。) >>詳細

Tel 042-318-1807  office@cheajapan.com 

今回の参加者から、チアからのボランティア隊の名前をつけたらと提案を受けました。「チア・ボランティアチーム」、「チア・東北」、「チア・東北サポートチーム」等、案が出ています。どれがいいか、あるいは新案等、皆さんの声を寄せてください(^O^)!

以下、今回の派遣の報告です。よろしくお願いします。

コロラドから日本へ ー 日本行きは満席に

4月14日、コロラド州での日本を応援したいという方々とのミーティングを終えて、バーバンク空港へ帰宅。

4月15日、ロサンゼルス空港からサンフランシスコ空港経由で日本へ。原発事故以来、ガラガラだった日本行きの便は、今は、満杯。LA→成田空港の直行便は、チケットが高かったので、サンフランシスコ→羽田便にしました。

その便も満席でした。

4月16日 夜11時着予定でしたが、10時15分と早く着きました。でもスーツケースが届いておらず、ゲートを出たのは、11時すぎ。(荷物が遅れたのは過去3回ぐらいあるかな。)それからレンタカーで、東北自動車道佐野藤岡インタ―のそばのビジネスホテルへ。16日、17日と、明泉学園の理事会等があって、仙台に向かう必要がありましたが、コロラドのミーティングに出たので、仙台までの交通手段がありませんでした。それで、日曜の礼拝に参加予定のフェリーチェの田村さんたちの車に乗せてもらうことになっていました。

4月17日 ホテルに午前1時着で、出発が午前5時着だったので、少しハード。でも、途中、田村さんと、大震災前後の動きをわいわい話していったので、とても楽しく有意義でした。「明泉学園」理事会等、18日まで。この10年参加させていただいていますが、いつも、いろいろと学びになります。「グレープシティ」社等の報告では、経済的に、ここ数年、かなり厳しい報告が続いていましたが、昨年度は、とても祝福があったとの報告で、良かったです。)

二日間、朝7時30分から、5時までの会議。夕食にジャシュアさんが招いてくれてとてもおいしかったです。そこにポール・ブローマンさんがリハビリの歩行器につかまって現れました。その後、ポールJr.さんに連れられて、ポールさんの寝室へ。「(ポール Jr.)ダディ、Hiroだよ。わかる?」「(ポール)Yes. (ぼくをみて、うなづく)」「(稲葉)わ、うれしいなー。ポールさん、ありがとう!覚えててくれますか?」「(ポール)Yes.(うなづく)」「(稲葉)チアのみんなに何か伝えたいことありますか」「(ポール)No.」「(稲葉)そうですか。でも、みんな喜ぶよ」(久々にコミュニケーションできて、とてもうれしかったです。」)

 夜はニュースレター原稿を書きながら、サミュエルさんや、ダビデくん、ナタンさん、トーマスさんほか、最近、被災地に入っている皆さんから、現地の情報収集等しました。今、現地では、「スコップや長靴が喜ばれている」と聞いて、東京でスタンバイしている堀井卓さん、洋二さんらに連絡。食料品は、今回、インターネットで桑谷美穂スタッフが、各種、購入してくれていたので、長靴、スコップ等を、追加でそろえてもらうことにしました。予算的には、前回、支援物資に全部、使い切っていたのですが、幸い、さらに多くの皆さんが送ってくださり、チアに95万円ほど(総計145万円)、与えられ、購入する予算が与えられていました。

 現地のコンタクト先の情報も、神様に祈っていましたが、与えられていきました。最初は、ダビデくん。彼らが、伝道中に出会った大船渡のA医師の人々が地域の助け手となってくれたと聞き、ダビデくんを通して、連絡取ってもらいました。A医師も大歓迎と応じてくださり、18日は大船渡に向かうことにしました。

4月18日 朝6時 仙台へ 昨日まで南三陸町をまわっていた十三男君と話して情報確認。やはり、避難所は、物資等、あふれているところが多い。でも浜辺の自宅避難している人々等のニーズは高く、個人や集落をまわるという僕たちの案は、様々なニーズと出会えるだろうと賛成してくれ、その方向性を再確認。また、トーマスさんと連絡取り合って、石巻のBさんとも連絡を取りあいました。Bさんの水産加工場は被災したままで、掃除の力仕事のボランティアを探しているとのことで、「(トーマス)いや、明泉のみんなとか頼みたかったけど、うまくアレンジできなかったんだ」とのことでした。ほかに、釜石のそばで、12メートルの防潮堤が津波で流されたすごい写真を産経新聞だけが報道していました。それは、神様が許された、すさまじい威力を実感できるシーンなので、そこは一度、取材に行きたいと思いました。それから、まったく飛び込み・アポなしで、物資の支援やボランティアを申し出た場合、岩手方面では、どこまで、道が開かれていくか、それも試してみたいと思いました。それで、仙台→大船渡→釜石→仙台→石巻→東京と4日間の大まかなスケジュールが与えられ、ハレルヤ!

午後に、東京からの卓さん、洋二さん、そして洋二さん次男の伊左久(イサク)君(20)がマイクロバスで到着。イサク君とは、サマーキャンプや白馬でのLIT以来。真祈史ととりわけ仲よしの一人でした。

明泉がサマリタンズパースから、高圧洗浄機セットを載せた軽トラックを借りていたので、それを借りて、僕が運転していくことにしました。

洋二さんのマイクロバスは、東京で調達した食糧等で満載。

ケートラックでも、僕が軽トラックに乗るため、その座席分等、少しスペースできました。それで、さらに物資を備えていこうと、明泉のそばのサマリタンズパースや、国際飢餓機構の支援物資の倉庫へ行きました。

現地は、いろいろなニーズがあるので、いろんな種類の物資を持っていくと、喜ばれる!それが、前回まわって実感したことでした。

ある人が「もう物資の目途はつきました。でも、これからは心のケアが大切」と言って、義捐金集めをしていて、それを聞いた方が「そういう状況何だってねー」と話してくれ、、胸が痛みました。実際は、両方、必要な方が多いので。多分、そのような言い方をされた方は、きっと、現地をまわらず、TVのニュース等だけで発言しているか、現地に行ったとしても、役場や大きな避難所だけをまわって、被災者の人々と直接、ふれあってないのではないかなーと思いました。確かに、避難所を仕切っているお役所の方々は、「もう毛布や飲み物、食糧、衣料、そのほか物資はいりません」と言われるケースが多いと思います。整理しきれないとか、みんなに公平に配れないとか、いろんな理由で。でも、被災した人々の生活は、一日ではなくて、毎日、続いているので、日々、必要が出てきて、たとえば、食糧とかでも、一度、補給したからOKではなくて、日々、必要が生じます。よくニュースで、物資が山積みになっている報道されますが、それは役所や町の中央部にある避難所のことで、住宅が半壊などで自宅避難していて、そこまで取りに行かなければならない人々には、行き渡っていないのが現状です。多くの皆さんは、車が流されているし、ガソリンもまだ少ないし、高齢者の人とか、たくさん、物資を運べません。今、避難所におられる方も、仮設住宅での生活が始まれば、今まで、避難所では持つ必要がなかった、様々な生活物資が必要になってきます。よほど、お金持ちの人を除いては、全部流されていたり、失業したりして経済的に困っている方が多いので、やはり、いろんな必要が、ここしばらくは、続くのだと思います。そんなわけで、いろいろ多品種にしていくと、被災者の皆さんが、その時々、それぞれのニーズで選べるので、とても、喜ばれます。そのあたり、小回りのきく対応が、チアには許されるので、そこは強いところで、感謝だなーと思いました。仙台

サマリタンズと、国際飢餓機構で、いくつか補給しました。この倉庫には、全国、海外のクリスチャンからの愛の結晶みたいな空気が流れているなーと思いました。まったく無償の愛で、皆さん、送ってくださっているわけですから。また、そこで働いている人々も、おおくの人々は無給のボランティアの皆さんたちだし。(一部、有給スタッフの方もおられるけど。)ここには、何度来ても、感動してしまいます。

国際飢餓機構のCさんが、「肉ときのこと野菜、持っていかれますか。これ、誰も持っていかなくって。今日持っていかないと鮮度が落ちるし。」とのことでした。「(稲葉)喜んで!」と全部もらうことにしました。野菜とか10箱分と、凍らせた肉、5パックと。これも、後ほど、ずいぶん、喜ばれることとなりました。

グレープシティで働いているホームスクーラーの松岡さんがひょっこり現れました。2日だけ、参加していいと上司のきよこさんから許可が下りたとのことでした。松岡さんからは、ボランティアスケジュール決まったら、連絡してほしいと連絡もらっていたのですが、桑谷スタッフがメールしていましたが、うまく届かなかったようでした。お昼、出発前に、グレープシティ社で出会い、「これから行くけど、どうでしょう?」と声をかけましたが、きっと忙しくてこれないのだろうと思っていました。そうしたら、「早く、行ってらっしゃい!その代わり、21日の朝の仕事には間に合うように」と励まされたそうです。ハレルヤ!

サマリタンズの方に、高圧洗浄機の使い方を教えてもらい、そして、一路、岩手県大船渡市をめざしました。

大船渡

一路、大船渡へ

午後2時過ぎに出発して、約3時間。途中、集落が全滅に近い状況のままの陸前高田町を走りました。かなり山間部と思われるのに、多くの家が根こそぎ流されたという感じです。広い道路は、断線し、隆起したりしているので、通行止め。並行して、仮の道が造成されて、車は、その道を使います。海岸近くの橋は、流され、突貫工事で架けられた仮の橋が組まれていて、使われていました。被災した町の状況は、それぞれ違い、そのひどさに、ことばが出なくなります。

夜7時、A医師の病院に到着。A医師は、今回の津波で、同居していたお父さんを天に送った方でした。ドアに手がはさまれて、そのまま津波の水かさが増して、、、とのこと。そんなA医師の案内で、A医師宅の隣に建てられたD教会へ。韓国からの女性伝道者のEさんと、一緒に牧会をしているFさんとが笑顔で迎えてくれました。1年半前に建てられたばかりの教会でしたが、1Fは全部、浸水で、あちこち破壊され、2Fは、なんとか大丈夫だったということでした。

まず喜ばれたのが、持っていった肉ときのこと野菜。避難所で出会った方々に、配給等されてるE伝道師「これ、皆さんに喜ばれる!Fさんが、今、作ってたカレーライスも肉も野菜も無しだったの。入れさせてもらいますね」とのこと。ハレルヤ!

3月11日の様子を聞きながら、カレーライスの晩餐もとてもおいしかった。津波のとき、Eさんは、津波のアナウンスもわからず、教会の2Fにいて祈り、Fさんは道を歩いていて、近くの民家の人の助けで、2Fの屋根に逃げたとのことです。でも一緒にいたもう一人の伝道師のGさんは、水に流されたとのこと。でも、Gさんは、その家の裏庭の生け垣にひっかかって、しがみつき、水深3−4メートルあまりの水流の中でも、溺れずに済んだそうです。「映画のようだった」とのこと。

水道の復旧はまだですが、電気は通じたとのことで、部屋もあたたかくしてくれました。今回、夜は、バスで寝るのかなーと思ってましたので、とても感謝でした。

浸水した教会の掃除から

2日目は、早朝祈祷会、津波に襲われた教会の掃除。講壇の脇に立てた、立派なクリスタル製の十字架とか、地震の時に割れないように、必死に手と体で押さえ、守ったそうです。でも、その後の津波で全部、流されたそうです。でも、避難所暮らしの中で、福音を分かち合うチャンスも拡がって感謝だったとのことでした。1年半の新築教会も、ヘドロとがれきにまみれていました。それで、釜石へ出発したかったですが、まず、掃除を手伝ってから出ることにしました。

大船渡仙台から持ってきた高圧洗浄機使おうと思ったら、オイル漏れ。向かいのガソリンスタンドに持っていったら、2人がかりで、対応してくれることになりました。かなり時間かかるよう。それで松岡さんにお願いして、僕は、清掃作業に戻りました。それから約1時間、松岡さんから連絡あり。「(松岡)GSのスタッフの皆さん、必死にやってくれて、直りましたよ!いろいろと分解してくれて」「(稲葉)良かった!皆さん、ありがとうございました。津波の時は、大変だったでしょう?」「(GSのおじさん)大変だったー。店のガラスだけは全部取り代えたけどね。(復旧に)どれぐらいかかるかー」「(稲葉)そうですね。僕たちクリスチャンで、少しでも手伝えればと思って。向かいの教会に泊めてもらって、、。でも、助かりました。全然、使えなくなるところでした。とりあえず、トラックやバスのガソリン、満タンに入れていきますので、、、」「(GSのおじさん)ありがとう(笑)。本当にありがとう!」

大船渡その後、C伝道師のリードで、低所得者層の多い市営住宅をまわって、支援物資を配布。津波の被害の無いエリアの市営住宅だったので、「うーん、どうかなー?」と思ったけど、話しを聞くと、「水産加工場に夫婦で勤めていたけど、津波で工場が流されて、今、解雇。まったく収入はないし、失業保険には、まだ日数かかるし、お金、ない。それで、食事の時は、避難所で食べさせてもらっている。でもガソリン代もかかるし、毎回行けないので、このような助けはとても助かるの。今、主人はガレキ片付けの仕事につこうとしてるんだけど」と、とても喜んでくれた。避難所で出会ったC伝道師を通してクリスチャンになられたという、中国からの姉妹のことばです。そのほか、フィリピンから来られた方とか、その方の近所の3家族とか、みんな喜んでくれました。持っていけて良かったと思いました。津波の直接の被災者の皆さんはもちろんだけど、町全体が苦難の中にあることが実感できました。(今回の被災での失業者数は、100万人を超えるだろうとの報道もありました。)

防波堤決壊

大船渡の中心部の廃墟あとを見て、釜石へ。途中、落ちた鉄橋、まがった線路、そして破壊された10−12メートルの防潮堤。これは、すごい破壊力。イサク君がぴょんぴょん、写真を撮りにいくので、僕も一緒にいきました。壊れた12メートルの防潮堤に1メートルぐらいジャンプして撮影します。それで、僕も、ジャンプしようと思ったけど、すきまの下は、12メートルの落差。サマーキャンプの滝つぼは、もっと高いのだけど、下は水。今回は、コンクリートだから、万が一、着地失敗したら、絶望的。でも、ここは意を決してジャンプして成功しました。続いて、松岡さんもついてきて、撮影。帰り道、再びジャンプで松岡さん「これ、こわーい」そう、ここはイサク君がやってなければ、絶対、来て無かったと改めて思いました。この上にも、家の屋根のかわらが残ってて、ジャンプする足場を作るために、それを落としたら、「ガランガランガッチャーン!」と、はるか下で木端微塵になる音が激しく響きました。とにかくすごくコンクリートの塊が、波の力で動かされたわけです。早稲田大学の教授の試算によると、津波の威力は、ジャンボジェット機250機が全速力でぶつかった威力と計算してましたが、それはここに来ると十分、実感できます。今度、ティーンとか来たら、必ず、連れてきてあげたいなーと思いました。ジャンプするかどうかは別として。

曲がる線路

それから釜石市内に行って、有名な釜石の製鉄所の残骸や、人気の失せた港をみてから、山側の町へ。アポなしでの支援活動のトライです。

軒先に、おばさんの姿が見えたので、適当に止まって、家の入口にいた少し年配のHおばさんに、洋二さんと声をかけました。そのHおばさんは、よく受け止めてくれて、「町内会長のJさんに連絡するから、ちょっと待って」ということになって、通りにいた別のIおばさんに「Jさん、どこにいったかな。支援物資、もってきてくれたんだって。さっき、Jさんここにいたんだけど」「(Iさん)家に行ってみるわ」向かいのKおじさんが出てきて、「町内放送かければいいんでないか」ということで、駐車場でお店を開くことになりました。10数人集まってきてくれて、さらに町内放送が入ると、50名ぐらい集まってきて、にぎやかになり、もっていったマイクロバス1台分の支援物資は、全部、無くなりました。僕たちの食事用の缶詰も、これは義援金と別のチア会計で買ったのですが、「(洋二さん)稲葉さん、これ、僕らの缶詰だけど、あげてもいいよね」「(稲葉)いいと思う」ということで、魚の缶詰、小さめのダンボール1箱分も並べました。いろんな種類を桑谷スタッフが買っておいてくれたので、これ、大人気。みんな好きなのを選んで持っていってくれました。(ちなみに、桑谷スタッフの会計基準は厳しく、義捐金で買ったものは、スタッフは味見もできないことになっています(~_~;)。基本的に、支援用の物資とガソリン、高速代に用いられて、参加スタッフの食費等には、使えないことになっています。僕は、少しは食べても、いいかなーと思うのですが、ダメということになっています。ので、送金してくださった皆さん、安心ください(*^^)v。)

釜石

軒先に、おばさんの姿が見えたので、適当に止まって、家の入口にいた少し年配のHおばさんに、洋二さんと声をかけました。そのHおばさんは、よく受け止めてくれて、「町内会長のJさんに連絡するから、ちょっと待って」ということになって、通りにいた別のIおばさんに「Jさん、どこにいったかな。支援物資、もってきてくれたんだって。さっき、Jさんここにいたんだけど」「(Iさん)家に行ってみるわ」向かいのKおじさんが出てきて、「町内放送かければいいんでないか」ということで、駐車場でお店を開くことになりました。10数人集まってきてくれて、さらに町内放送が入ると、50名ぐらい集まってきて、にぎやかになり、もっていったマイクロバス1台分の支援物資は、全部、無くなりました。僕たちの食事用の缶詰も、これは義援金と別のチア会計で買ったのですが、「(洋二さん)稲葉さん、これ、僕らの缶詰だけど、あげてもいいよね」「(稲葉)いいと思う」ということで、魚の缶詰、小さめのダンボール1箱分も並べました。いろんな種類を桑谷スタッフが買っておいてくれたので、これ、大人気。みんな好きなのを選んで持っていってくれました。(ちなみに、桑谷スタッフの会計基準は厳しく、義捐金で買ったものは、スタッフは味見もできないことになっています(~_~;)。基本的に、支援用の物資とガソリン、高速代に用いられて、参加スタッフの食費等には、使えないことになっています。僕は、少しは食べても、いいかなーと思うのですが、ダメということになっていますので、送金してくださった皆さん、安心ください(*^^)v。)

わずか15分あまりで、わーと無くなりました。「ここは誰もきてくれてなかった。うれしい。避難所に行くと行っても、車もないし行けないから、大変だったんだよ」「そんなに喜んでもらって、僕たちもうれしいです」また、僕たちきますので」「それはうれしい。今度、良かったら下着を持ってきて」とのことでした。町内アナウンスの手続きをしてくれたKおじさんは、「船を2艇持ってたけど、流された。残ったのは、このバッテリーだけなんだ」と、墨のすずりみたいな小さなバッテリーを二つ、見せてくれました。「一つ向こうの町は、津波は何もこなくて天国。でも、こっちは地獄だよ」

釜石そんな中で、みんな、とても喜んでくれて良かった!Lおばさんは、小さな体で、ふろしきに包んで物資を背負い、坂道を上っていきました。すごくかわいらしい感じだったので、「写真撮っていいですか」というと、「(Lさん)あら(笑)こんな格好してるものね。いいですよ」近くにいたMさんは「Lさん、ありがとうございましたって、にっこり笑って写るんだよ!」と笑って話しました。


最後、町内会長のJさんと「次回、また来ますので」と、連絡先の電話番号等をいただいて、僕たちは帰ることにしました。7、8人残って、感謝して、見送ってくれました。それで皆さんに握手してあいさつしました。

さっきのDおじさんの番がきたので、改まり、威を正して、「船、2艘流されましたそうで」と頭を下げて握手の手を差し伸べたら、みんな爆笑だった。Dおじさんも、「(笑)」で、しっかり握手し、ぎゅっと握りしめてくれました。なんか心が通じ合えたみたいで、うれしかったなー。

 

釜石

壊滅状況に近い、陸前高田町。昨日は走れた道路や臨時の橋(本当の橋は流されたので)は、今日は通行止め。

気仙沼。津波のあとに大火事になったところ、がれきと焼け野原のつづく、本当に、かわいそうなエリアを車で走ります。立ち込める重油のにおい。30−40メートルほどの大きな漁船が焼土の住宅地に置かれたままでした。10時30分ごろ、仙台のワインスタジオに到着。NLの締切日だったのだが、美穂ちゃんからのメールをダウンロードしている内に眠ってしまい、起きたら1時30分。あわてて、原稿の最終修正にとりかかりました。

 

気仙沼気仙沼

よく朝は7時集合。昨日、チアからの物資は全部、配ったので、サマリタンズや国際飢餓機構の物資の補給に伺います。

それから、石巻のNさんへ。トーマスと今回の支援のリサーチをしている時に、「水産加工場の後片付けのボランティアの依頼があったんだけど、誰もボランティアの手配ができなかったんだ。お願いできるかな」「喜んで」ということで電話した場所でした。

前回、訪れた場所の近く。「あ、前に来た避難所だ。校門の前に、流された消防自動車があったよね。あ、まだあった」かなり復旧も進んでいたが、まだまだの状況。

ここでもすごい感動の一日が待ってました。

石巻1

ヘドロと濡れて重い畳や家具と格闘して

石巻でのヘドロとかの清掃、濡れた畳、タンス、家具とかの廃棄の手伝いでしたが、とても喜ばれました。おじいさんたちいわく「1ケ月前から、やりたかったけど、がれきの山を見るだけで、気力が失せて、何もできなかった」とのことでした。濡れた畳1枚でも、すごく重い。ヘドロの山もなかなか、動きません。昨日、電気がつながったものの、水道はまだまだで、高圧洗浄機も使えません。5時間の共同作業で、気持ちも通い始めます。「(稲葉)いやー、重いですね。いい腰の運動になります」「(Nさん家族)笑い」受けて良かった!失敗した発言も。1才半のお孫さんがいたので「(稲葉)いや、お孫さんたち、希望ですね。」でもおじいちゃんのOさんからは、しばらく言葉が帰ってきませんでした。今は、孫をみて、「希望」とは即答できない、不安や失望、痛みの中にあるのだったということを思いました。少し休憩のあと、「(Nさん)今日、東京に帰るんだったら、これぐらいで大丈夫です」「(稲葉)いや、大丈夫。このヘドロ片付けてから。これを2人でやったら、大変だし。6人だったら、すぐできるし」作業は順調に進み、1Fは、ほぼ終了。きれいになりました。最後、テラスのサッシのギザギザに割れて、でもぶら下がっているガラスをはずすことにしました。危ないので。でも、簡単には取れず、また、小さなガラスが霧のようになって舞うので、ほとんど目をつぶりながらやりました。「(Nさん)いや、それ、危ないからいいですよ」「(稲葉)ええ。でもきをつけてやれば大丈夫だと思うので」ゴーグルもってくればよかったなーと思いましたが、なんとか、無事に作業を終えれました。そんな感じで、チームの4人みんなでベストを尽くしてやれたので、とても良かった。寡黙なおじいさんと若いお父さんが、最後、それぞれ別な場所で「助かりました―」と、心の底からあふれでた安堵と実感の声みたいな感じで、言ってくれました。

石巻

その後、その家族が近所に呼びかけて、物資の配給もしましたが、20人ぐらい集まってきて、それも、すごい喜ばれました。若主人は、3才半の息子さんと一緒に、「誰か、いませんかー?Nのところで、配給始まりまーす。」と大声で呼びかけてくれました。3才の息子さんP君も、大きな声で。それも感謝でした。その若主人が、作業の後で、いろいろと僕らの背景を聞いてきたので、自分たちがクリスチャンの団体であること、学校任せにしないで親が責任を持って、子育てするという聖書に基づいた教育を励ます団体であること、そして、チアのマガジンの震災特集記事等を見せて、今回の大震災に関わる経緯を書いてありますが、読まれますかと伺うと、読みたいと言われたので、あげました。最後、記念撮影しようとなった時、若主人は、チア・マガジンを胸に抱きしめるようにして写真に写りました。とにかく、感謝を表したい気持ちだったんだろうなーと思います。マガジンを、ぎゅっと抱きしめるようにして、胸の前において、写っていたので。ご家族の表情もとても明るくなって良かった。

石巻

今回の被災を通して、こんなにも、心のふれあいができてすごくいいなと思いました。家の押し入れの中から、冷蔵庫の中から、なにもかもすべてをさらけだして、お互いに汗をかきながらの交わりだったので。考えてみれば、東北の漁師さんの家に初対面で、家のすみずみまで中に入って交わるなんて、普通できないことだし、すごいことが起こっているのだなとみんなで感謝して帰りました。

石巻

今度は、若者たちも連れていきたいな、そう思って、5月10日〜5月13日、第三回を計画した次第です。まだまだ、いろんな必要があるから、、、。

皆さんの応援と祈りを感謝しつつ

稲葉 寛夫


"第三回 チア・東北サポートチーム" ボランティア募集

ー ヘドロ掃除、濡れた重い畳ほか、たくさんの必要が待ってます!

【 期間 】

   5月10日(火)〜13日(金) 作業日(11日、12日)

【 場所 】

  石巻、大船渡、釜石等

【 宿泊場所 】

  未定。バスの可能性もあります

【 作業 】

  民家、工場の掃除、廃棄物撤去

  支援物資の配給

【 条件 】

  高校生以上、

【 説明会&祈り会 】

  5月7日(土)午後2時〜4時

【 説明会&祈り会 場所 】

  アーク・アカデミー(京王線 下高井戸駅 徒歩2分)
   世田谷区赤堤4-41-5 アークビレッジ2F

 (遠隔地等の方で説明会参加できない方もOKです。連絡ください。)

  出発・解散場所(東京)詳細は後ほど

【 持参するもの 】
   寝袋、毛布、食事、飲み物等(事前にチア・オフィスに郵送可能)
   汚れてもいい服装、ゴム手袋、長靴等

 リーダー   稲葉 寛夫

 サブリーダー 堀井 卓

 スタッフ   桑谷 美穂

-----------------------------------------

どなたでも大歓迎です。

よろしくお願いします。

【 連絡先 】
  チアにっぽん事務局
  〒189-0013 東京都東村山市栄町1−5−4−103
  TEL 042-318-1807 
  Eメール:office@cheajapan.com
  FAX 03-6862-8648


 

その8 (4/11更新)
その7 (4/1更新)
その6 (3/26更新)
その5 (3/22更新)
その4 (3/19更新)
レポートその1、その2、その3
義捐金情報について

チア・サポート・スクール情報

今までの情報  ->

  • このサイト内を検索
  • ウェブ全体を検索

Watch Word Bible 2007 DVD聖書
playDVD聖書(8:13)

DVD聖書シリーズ(全12巻)オーダーできます!
DVD聖書シリーズも、12巻、全巻完成しました。
\4年越しのプロジェクトでした。皆さんの暖かいご声援、心から感謝申し上げます。ニューヨーク映画祭での受賞作となった「黙示録」も日本語で見れます。どうぞ、主のために用いてください。

ストアカート

blog

New! チアマガジン44号チアマガジン43号

チアマガジン トップ>>

チアサポートスクール

 

HSLDA (English Ver.)

playWelcome to CHEA JAPAN 2011(ENGLISH)(15 min.)

Welcome to CHEA JAPAN 2009(ENGLISH)(15 min.)

ようこそ!チャーチ&ホームスクーリング(16分)


Welcome to CHEA JAPAN ! (ENGLISH)(16 min.)

国会へ行こう!(02:00)

サマーキャンプ2010(10:00)

チア・コンベンション 2010 (8:00)

チア・白馬セミナー2009

チア・サマーキャンプ2009

チア・コンベンション2009
play チア・コンベンション2009(5:32)


励ましとチャレンジセミナーin白馬2008
play 励ましとチャレンジセミナーin白馬2008


LIT、半年がすぎて
play チア・サマーキャンプLITの「半年後!」


チア・サマーキャンプ2008
play チア・サマーキャンプ2008 in 仙台明泉(13:59)


チア・コンベンション2008
play チア・コンベンション2008(8:18)


励ましとチャレンジセミナーin白馬2007
play 励ましとチャレンジセミナーin白馬'07 (13:32)

チア・コンベンション2007
play チアコンベンション'07 (8:36)


チアの教育書
playチアの教育書(4:14)

チア・コンベンション2006

play チア・コンベンション'06 (8:08)

チア・サマーキャンプ2006
play- サマーキャンプ'06 (9:27)

励ましとチャレンジセミナーin白馬2006

play励ましとチャレンジ セミナーin白馬'06 (8:08)