東北・関東大震災レポート その12

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(5/23更新 感想文− パート1 )

東日本大震災、被災者、関係者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。
福島第一原発事故への対応の上に神様の守りが、ますますありますように祈ります。

ボランティアに参加した方の感想文を掲載します。


ボランティア

Aさん(16)

 東日本大震災が起きてから私はボランティアに行きたいと思っていました。なぜかというと次の2つのみことばが与えられたからです。
「喜ぶ者といっしょによろこび、泣く者といっしょに泣きなさい。」(ローマ12:15)と「あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。」(ヨハネ13:14後半)です。
この2つのみことばを実行したいと思い被災地へ行きました。
  まず被災地を見て思ったのはあまりにも悲惨だということです。その場所に人が住んでいたとは想像もつきません。本当に言葉を失ってしまうほどでした。その場所に初めて来た私がそう思うのですから、その場所に元から住んでおられた方はなおさら悲しみが大きいと思います。家族がいない、家がない、将来見通しもつかないという状況の中におられる方を思うと天に希望のない方にとってはなんという絶望的な気持なのだろうと思いました。
  次に感じたことは、3日目に津波の被害にあわれた高橋さんのお宅でヘドロ掃除をしたときのことです。私はヘドロ掃除を始める前に正直汚くて嫌だなと少し思ってしまいました。でも神様が力を与えてくださり、その時に人に仕える事は「自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失ったものは、それを自分のものとします。」(マタイ30:39)ということがわかりました。そして本当の意味で仕える事が出来たと思います。それからはヘドロが体についてもだんだん気にならなくなりました。
  神様が地震を起こした意味の1つは私のためでもあったと思います。同情すること、仕えること、出来なかったこと、悔い改める事がたくさんありました。そしてそのことが少しでも出来るようになるためにと地震を通して私に教えてくださったのだと思いました。
  被災された方、また、この地震を通して救われる方が起こされますようにこれからも祈っていきたいと思います。そしてその救われた方が神様の愛に満たされて心から笑うその笑顔が見たいとこのボランティアを通して強く思わされました。

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ボランティア

Bさん(16)

「行って来たよ!」
4日間かけて、陸前高田・大船渡・仙台・釜石・石巻・名取を回りました。
  約24人でマイクロバス、物資を載せたトラック一台で行きました。
5/10。初日。出発してから宮城県仙台市若林区にある国際飢餓機構へ行き、追加の物資を調達。そして陸前高田へ。
  瓦礫の山々。
  人の住処だったとは思えなかった。
  家は、無い。目に付くのはその土台だけ。
  建物の鉄筋。グニャリと曲がり、まるでジェットコースターのレールの様。
  建築物の形をしていなかった。
  地面には幾つもの大きな裂け目。とても平地とはいえない。
  陥没し、海に埋もれた道路の先。どこまでが地上だったのか分からない。
  数百メートル先に海から顔を出している小さな建物。人が住んでたのかな。
  皮肉にも心地の良い海風だった。
  寒かった。
  バスに乗り込み、大船渡の港へ。
  堤防を乗り越え、海を見た。
  横倒しになった、階段の手すり。
  すぐ側にヨーカドーの様な、大きなショッピングセンター。
  買い物カート。散乱していた。キャスターに砂が詰まっているのか、動かない。
  天井から垂れ下がった幾つもの電線。まだ電気が通っているものもあった。
 あやうく触る所だった。
  グチャグチャ。それだけ。どこが店なのか通路なのか、見分けがつかない。
  非常階段の扉も歪み、ビクともしない。
  ここが地震直前まで、人々が買い物をしていた場所。
  想像したくなかった。
  暗かった。
  駐車場。車がボールの様に潰れていた。
  下半身と腕だけのマネキン。洋服売り場の物だろう。
  暗かった。
「何で?」
  ひたすら考える。
  「何で神様はこんな事をする必要があったの?」
  「何で大勢の命を取り去る必要があったの?」
  「神様は何が言いたいの?」
  「神様は何がしたいの?」
  大船渡の教会に一泊だけ泊めてもらった。
  こんな大人数を受け入れてくれた事に感謝。
  明日はこの教会の庭園を掃除する。
  5/11。二日目。
  全員、ゴム手袋と長靴を装備し、庭園の泥かき。
  流されて来て、土の上に被さったヘドロをスコップですくい、ゴミ袋の中へ。
  1時間弱かけて終わり。こっちに来て初めての奉仕。感謝。
  教会の人に感謝と別れを告げ、釜石市へ。
  とある一角で物資を配る。
  色んな地元の人が集まってきた。
  何故か、何も感じられなかった。
  ただ配った。
  分かっているのは、目の前の人が物を必要としている事だけだった。
  配り終えた後、場所を移し倉庫の様なテントで
  泥だらけになった皿を洗う。
  車4台分の洗い物。
  様々なものがあった。人の思い出の品を自分達が手に持っている事が悔しかった。
  4時間あまり皿洗いをする。
  でも、楽しんで出来た。仕えることを楽しめた。
  5/12。三日目。
  国際飢餓機構で物資を追加補給し、石巻市へ。
  また、配る。
  今回はそれぞれが被災地の人が必要だと思う物を3−5点選び、持って行った。
  東京からの物資も含め、ほぼ全部無くなった。
  良かった。
  この人たちに本当に必要なのは神様だと、心の隅で思っていた。
  バスで移動中、怖れか動揺か分からない感情が出てきた。
  不謹慎かもしれないが、被災地の何処に行ってもそれほど各被災地の景色は変わらない。
  瓦礫、崩れそうな建物、ボロボロの車。
  初めて見たときは、驚いた。
  言葉に出来なかった。
  が、二日目三日目になると、その景色に慣れてしまう。
  それが怖くなった。
  「もしかして、仕えに来ているということを心の何処かで軽んじているのではないか」
  バスの中で会話を楽しんでいる自分。
  外はまるで違う世界なのに。。。
  物資を配った場所のすぐ側に住んでいるTさんのお宅を掃除させてもらった。
  こんぶとひじきの水産加工場ということで、井戸みたいな穴にヘドロがどっさり。
  それを掻き出す作業。家の床下のヘドロを剥がす作業。
  一つ一つ行っているうち、楽しく心から喜んでいる自分がいた。
  趣旨を忘れてさえもいた。目の前にある仕事を忠実に行う事。
  それを心から喜ぶ。仕えるというのはそういう事なのかもしれない。
  色々葛藤はあったけど、神様が俺を少し変えてくれた気がします。
  どこが変わったのかは具体的にはわかんないけど。。。
  一つ確かなのは、帰り道、俺は心から笑って帰ったということ。
  神様に与えられた喜びがあったという事。

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ボランティア

Cさん(16)

 私は被災地に行く前テレビなどの報道を見たとき、きっと大げさに流しているのだろうと思っていました。津波が来たり、家が壊れているのはほんの一部だと思っていました。しかし、実際行ってみるとそこはどこもかしこもがれきの山でした。車がグチャグチャになって逆さになっていたり、家の中にトレーラートラックが突っ込んでいたりしていました。しかもそれは1つや2つではなくて、至る所で見る事が出来ました。
  2日目の朝、前の晩に泊めてもらった教会の庭の掃除をしました。最初は、臭いし泥が自分に着くのが嫌でちまちま泥を麻袋に入れていました。でも、それでは効率が悪いので汚れるのをあきらめてヘドロを掘り、入れて運ぶという作業をしました。ヘドロの中には、魚や辞書の切れ端など色々なものが混じっていました。私たちが少しきれいにした庭を見たその教会の牧師さんはすごく嬉しそうでした。
  その日の昼ごろからは、ボランティアセンターで大量の食器洗いをしました。色々な高級品がたくさんあって、これを持っている人がきれいになったのを喜んでくれたらいいなと思ったり、無事に過ごしているのかと思いながら、洗いました。全部洗い終わったとき、家の食器洗いがほんの少しに思えました。
  3日目はまず物資を配りに行きました。野菜はニラとピーマンとキャベツしかなかったのに、現地の人々はすごく喜んで調理法までいろいろと教えてくれました。1人の小さい子がお菓子を探していて、稲葉さんが渡したら恥ずかしそうに笑っていました。
  この日の午後はこのtripの中で一番泥だらけになりました。この日が最後の作業だったので気にせず泥だらけになりました。まず、床などの板と水を吸った断熱材を一輪車に乗せて隣の家の敷地に捨てました。その後、土鍋のような素材でできた五右衛門風呂みたいなものに入ってヘドロをとる作業をやりました。最初は、臭くて足もヘドロにはまるしで嫌だったのですが、友達2人とやっていたのでだんだん楽しくなってなんか子の五右衛門ぶろ落ち着くねと言っていました。その窯を持っているおじいさんが適当でいいよと言っていたのですが、私たちは最後までやりたかったので、底が見えるまで頑張ったらおじいさんが、おぉ、こんなに奇麗にしてくれたかい、と言って喜んでくれました。その後は、泥だらけの洋服と前の日の4分の1ほどの食器を4人で洗いました。寒かったけどその家の人が喜んでくれたのでよかったです。
  4日目は若林地区に行きました。畑には砂浜の砂が積もっていて、大木がごろごろしていました。何かできないかと思ってみんなで持って行った食料を袋に入れて渡しました。私たちがバスから出るとその地区の住民の人々が若いのがこんなにいたのかいと言って驚いていました。もし時間があったらそこでも作業がしたかったです。
  今回のtripで学んだことは、報道などではなくて自分の目で見る事の大切さです。それと、人間がこの世でどんなにすごいものをつくっても結局はみな元素の生成物で、いつかは無くなってしまう、しかし、天の神、主だけはいつまでも変わらないという事です。また機会があれば行きたいと思います。

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ボランティア

参加者Eさんのお母さん、Fさんより

この度は、本当にお世話になりました。心から感謝しています。
帰りの車中はずっと、写真を見たりしながら、いろんな話を聞きました。仕えるということを、模範を示して教えてくださり、また任せてもらったことで学んだことも、本当に大きかったと思います。
被災地の現実を見て、触れて、言葉にすることができないほどの想いが与えられたようでした。「もっともっと働けばよかった」と後悔する言葉もありました。
私もまだ、娘が受けてきた恵みを、どのように言葉にすればよいかわかりません。そしてどのように感謝を表せば良いかも、今はよくわかりません。
写真を一枚一枚見ながら、たくさんのことを考えさせられました。
本人は、「また、今回お会いした方々の所に行きたい」と、言っています。

家族あげて、益々祈っていきたいと思います。

それから、今回初めて、チアのオフィスに行くことができたことも、感謝でした。あの場所で、働いていてくださっていること、イメージしながらお祈りできることが嬉しいです。
2つ並んだ時計を見て、稲葉さんご家族が捧げてくださっている犠牲の大きさを、今まで以上に実感しました。
どう言ってよいか、わかりません。

昨年の白馬セミナーでは、ティーンの時期のホームスクーリングについて、初めにホームスクーリングを示されたときと同じ召しをいただいて、本当に大きなステップでした。
神様を愛する思いと熱心さは充分あっても、まだまだ無防備なこの時期、益々真剣に向き合っていきたいと思わされています。

チアのお働きのために、心からお祈りしています。
なかなかお休みも取れない中、お身体がささえられますよう、祈っています。少しでも休むことができるといいな!と思います。

心からの感謝をこめて

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ボランティア

Gさん(16)

東日本大震災で被災された方のために、私にもなにかできることがないかと思い祈っていたところ、チアのボランティアに神さまが導いてくださり、参加させていただくことになりました。
田んぼに散乱している車や瓦礫に山、なんともいえない臭い、そして根元から折れた太い木など…。本当に悲惨な光景が広がっていました。
被災地では、救援物資の配給や、高橋さん宅のヘドロの除去作業、そして大量のお皿洗いなど、たくさんの奉仕をさせていただきました。物資の配給の際に地元の方々が取り合いや奪い合いをせず、むしろ遠慮しつつ譲り合っていて、とても謙虚な態度だったのが印象に残っています。
どうして神さまはこの地震を起こされたのかと考えるときに、答えは神さまにしか分からないけれど、被災された方々がこの地震を通して、イエスさまを信じ、救われてほしいと心から思いました。
このボランティアに参加できたこと、そして多くの奉仕ができたことを神さまに感謝します。

※次回のボランティアですが初めて参加される方のために一回参加した者として必要な持ち物を書きたいと思います。
・作業着(上下分かれている・防水)
・メモ帳・ペン(持ち歩ける大きさ・活動したことを記入する)
・アルコールスプレー
・ウエットティッシュ
・メガネ曇り止めスプレーまたは曇り止めマスク(メガネをかけている人)

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ボランティア

Hさん(20)

「第3回東北ボランティアのレポート」
  5月10日から13日にかけて、チアの東北ボランティアに参加した。先月、東北に行ってからまだ3週間もたたない。そんなに早くまた東北に戻って来るとは思ってもみなかった。
前回と大きく違うところは、参加人数が4名から23名になったことと、支援物資を積み込むための2tトラックをレンタルしたこと。
スケジュールは前と共通している部分が多かった。
今回このボランティアに参加した理由はいくつかある。
1つ目は、前回ボランティアに参加して、一度ではなく何度も継続的に足を運ぶ必要を感じたこと。そして、自分自身そうしたいと思った。
2つ目は、前回気が付かなかったことやわからなかったことが見えてくるかもしれないと思ったこと。
3つ目は、この震災が、神様が今年僕に与えてくださったビジョンに関係あるかもしれなかったから。去年から自分のビジョンのために祈っていたところ、「廃墟となった町々を回復させる」、「人の住むところとする」というような言葉を聖書から語られていた。
そして、震災の2カ月前の1月、実は東北の地域を回って祈る機会があった。それぞれの県における人々の救いのため、教会のため、地の癒しのために祈っていた。今思うとすごいタイミングだったと思う。また、多くのクリスチャンたちの「この日本の目を覚ませてください。揺り動かしてください。」という祈りの積み重ねがあったのじゃないかなと思う。あとでわかったことだけれど、同じ御言葉が前から与えられていた人もいた。
前置きが長くなってしまったけれど、そんなわけで3泊4日のボランティアに参加した。

5月10日、5時過ぎ、窓越しに見える陸前高田の悲惨な様子にみんなが声をあげた。
前回来た時とほとんど変わっていない。無理もないと思う。ここまで壊滅的なダメージを受けて、ほんの2,3週間で何が変わるのか。見渡す限り瓦礫、ガレキ、がれき…。毎回、この瓦礫、本当にどうやって処分するんだろうと考えてしまう。
今回大きく感じたのは、4人と23人のできることの違いだった。
特に、釜石市の皿洗いボランティア、高橋さんのお宅でのボランティアではそのことを強く感じた。
市のボランティアでは大量の食器を5時間かけて洗いまくったのだけれど、あれを4人でやるとしたら一日終わっていたかもしれない。
高橋さんのところでのボランティアでは、それぞれ海藻加工場、倉庫、家に分かれてヘドロ除去作業をした。23人という人数でもかなり大変だった。これを家族の方たちだけでやるとしたら本当に気が遠くなるほどの仕事の量。というよりも、もはやできないんじゃないかという感じ。
前回、高橋さんのおじいさんが「どう片付けようかと考えるのだけれど、泥とゴミの山を見てしまうと無気力になってしまう。」と言っていたことの意味がわかる。
今回大人数で、やれることの量も大幅にアップした。でもよく考えると、このような家が何百、何千とあること、自分たちのやっていることは本当に小さいことなんだということに気が付かせられる。
多くの人たちが、物資だけではなく、仕事や心のケア、励ましを必要としている。
一見、家は津波の被害がなく大丈夫そうに見えても、実は仕事もなく、物資もなく困っている人たちが大勢いる。
また体験の中で、ある場所では「服は必要ない」と言われても、別な場所では「上に着る服はたくさんあるんだけど、ズボンがない。ズボンがほしい。」と言われることがあった。
現地に行って現地の人の声を直接聞かないとわからないニーズというものがあるということを感じた。
石巻のボランティアからの帰り、ヘドロ除去作業でみんな臭くなっていて、コンビニで嫌な顔されたり、バスの中が滅茶苦茶くさくなったりしたけれど、それも今思うとキリストのかぐわしい香りだったのかもしれない。みんなの人々に仕える姿をみて、その内側のイエス様を見てくれたら、それこそみんなの本当の目的がかなったことになる。
これから、被災地の復興に向けてさらに多くの人たちが必要であるし、継続的な活動が求められている。今はまだ小さな活動だけれど、これが30倍、60倍、100倍とますます大きなものとなっていき、いい意味でこの世に大きな影響を与えていけたらなと思う。

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ボランティア

Iさん(14)

「東北ボランティアレポート」
参加させていただいた理由は、被災地をインターネットやラジオだけでなく自分の目で確かめ、自分も被災された方々に何かしたいと思ったからだ。
まず1日目、被災地を見に行った。道路がずれ、線路がねじ曲がり、本当にこれは元にもどるのだろうか。。。と思うほど酷かった。
  2日目、市のボランティアに参加させていただいた。約3時間ほど皆で(23人)で頑張っても洗い終わらないほどの大量の食器、でも最終的には洗い終わった。
疲れたけど気持ちはスッキリとして嬉しかった。
  3日目、高橋さんのお宅を皆で掃除。いつも家でやる掃除と全く違う。池や床下にたまった大量の泥やヘドロをひたすらかき出す作業。
ここではニュースでは分からなかった臭いや被災した方々の気持ちを全部ではないが少し分かったような気がした。
掃除をしてると、自分はあまり役にたってないような気がした。でも、高橋さんのおじいちゃんと一緒に掃除をしてる時、「ありがと」と言われて「あっ、自分も少し役にたてたのかなぁ」っと思って嬉しかった。
掃除をし終わって、バスに乗って宿泊してるところに帰るときセブイレブンによった。みんなヘドロまみれでお店に入ったので定員さんは一瞬いやな顔をした。
女子高生たちが「うわぁ! くっさ〜〜」と言ってたけど、なぜか嬉しかった。臭い臭いと言われれば言われるほど褒められてるみたいだった。

4日目、東京に戻る

今回のボランティアに参加させていただいて感じたこと思ったこと。まとめ。
人の作ったもの、目に見えるものはいつかなくなってしまうんだな。もし、自分がイエス様の愛を知らなくて被災者のひとりだったら、自分の生きる目的がわかんなくなてしまってたと思う。できるだけ多くの人に神様の愛を伝えることができますように。。。



ボランティア

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