東北・関東大震災レポート その13

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(5/23更新 感想文− パート2 )

東日本大震災、被災者、関係者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。
福島第一原発事故への対応の上に神様の守りが、ますますありますように祈ります。


ボランティアに参加した方の感想文を掲載します。

ボランティア感想

Jさん(16)

「ボランティアに参加して」
5月の半ばに4日間、被災地に行く事ができました。
前は自分が東北に行くなんて考えたこともなかったし、両親がまだ年齢的にも霊的にも幼く弱い私を行かせるはずなんかないと思っていたので、募集が始まったときは気にもしていませんでした。
しかし、父と母、どちらも神様から示されて、私にも「行きたい」という思いが与えられたので、申し込みました。
もちろん被災地の方々を助けたい思いもあったのですが、行く前はすごくルンルンで、キャンプ感覚になってしまっていました。
心配なこともありましたが、どちらかといえばワクワクしていて、神様は現地でどんなことを私に用意してくださっているのだろう、と楽しみにしていたのです。
そんな矢先、出発の前々日、風邪をひいてしまいました。
そして出発する前日の午後には、高熱でフラフラして立ち上がれないほどになっていて、「神さまひどい。どうしてこんな時に?」と神さまに文句を言っていました。
でもその時に、「あぁ、私はまだ自分の問題や罪さえ処理できていないのに、他の人(被災者の方々)にお節介して助けようとしてたんだ。」と気がついて、ベッドの上でずっと祈り、ありとあらゆる罪を悔い改めました。
しかし夜になっても熱が下がる気配はありませんでした。
私はまた気が挫けそうになって、もう無理なのかな、と何度も思いました。
でもそこでまた祈りました。
「解放してください。そして私の犯した罪を示してください。悔い改めます。」
何度も祈り、悔い改めました。
そうしたら朝までぐっすり眠ることができ、起きておそるおそる体温を計ってみると平熱より低いくらいで、半日前までのフラフラも嘘のように消えていました。
その日は本当に興奮して、東京への出発が待ちきれなくてそわそわしていました。
そこでまたしても誘惑に引っかかり、行く直前に母を敬わない態度を見せてしまいました。
その事で、熱が下がったことを心から神さまに感謝していなかったことに気がつき、感謝して、たった今犯した罪も悔い改めることができました。
東京に向かう電車の中では、自分が神さまの前ではこんなに弱くて小さい存在なのに、そんなに偉大な神さまが私の祈りをこんなにダイレクトに聞いてくださるなんてすごい、と感謝しました。
そして、こういう事の前にはもっと祈らないと、と思いました。
これからはちゃんと祈って備えたいと思います!!

これで勝利したかのように思えましたが、東北の方へ向かってからは、自分の自我との戦いが続きました。
すぐに他の人を裁いてしまう自分。
泥だらけになりたくない。
しゃがむの辛い。
疲れた…。
自分の事ばかり考えていました。
そんなときに救援物資を配りに行きました。
取り合いもせず、そうかといって不必要な譲り合いもせず、本当に近所の方々と愛し合っておられる被災者の方々を見て、何かあついものがこみあげてきました。
私がしなければならないこと、(それも今!!)それがわかった気がしました。
しかしそれから精一杯働けたかというとそうではなくて…。なかなか大変でした。
一番葛藤したのは、津波の被害に遭われた高橋さんのお宅で、漆黒のヘドロの中に!!入って作業することになったときです。
稲葉さんに「やる?」と聞かれて、いやだなぁ〜と思いながら渋々中に入り、シャベルで少しずつかき出し始めました。
初めは汚れたくないから直立してちょっとずつシャベルでやっていました。
しかしそれでは一生終わりそうになかったのでプライドを捨て、ヘドロに浸かってバケツでやることにしました。
それでもやりにくかったので最後は手で作業しました。
最初は本当にいやでしたが、途中から一緒に作業していた2人と冗談まで言い合ったりして、笑いながら終われました。
終わりかけの時には、「ここ居心地いいね。」なんて言ってまるでお風呂に入っているみたいにくつろいでいました。
その後はおもに洗濯をしました。
知らない人に自分の服を洗ってもらうなんて絶対嬉しいことではないのに、その家のおばあさんが何度もいらっしゃって無言で見ておられました。
何度も何度も無言で感謝を表してくださって、私も嬉しくなりました。
しかしその日はまだ葛藤がありました。
雨や洗濯の水で体中ずぶぬれになって、最後の方には芯から冷えてしまい、このままでは風邪がぶりかえすというくらい寒くなってきたのです。
その時バスに戻っていいよ、と言われたのですが、他の子たちはまだ働いているのに自分だけ帰るのは怠け者みたいでいやでした。
そんなことは自分のプライドが赦せなかったし、他の人たちにどう思われるかも心配でした。
でもしばらく葛藤した後に、私はプライドを捨ててバスに戻る事を選択しました。
今思えばあそこでバスに戻っていなかったら本当に風邪がぶりかえして、結局迷惑をかけるだけだったかもしれません。
語りかけてくださった神さまに感謝します。
その後も自我との戦いは続いていましたが、精一杯とまでは行かなくともだんだん楽しく働けるようになっていったんじゃないかな、と思います。
被災地を見た感想としては、聞いていたほどそこまで精神的に来たりはしませんでしたが、最後に若林と名取に行った時には、本当に言葉を失いました。
他の所は、家の土台などが残っているところが多かったのに、そこには何もありませんでした。
かろうじて、根っこごと引き抜かれた大きな木が所々に残っているだけでした。
こんな所に人がおられるんだろうか、と思いました。
おられました。
再起不可能と言われているその土地で、少しでももとに戻そうと頑張っておられる方たちが。
悲しみを乗り越えて一生懸命働いておられる方たちが。
その方たちの満面の笑顔を見たときに、私は絶対にここに戻ってくると決意しました。

今回ボランティアに参加するまで、私は神さまが本当に私を愛してくださっているのかどうか、あまり分かりませんでした。
赦されているのかな?と思うこともありました。
結構自分の中で神さまは恐い存在でした。
でも、今回行けたことさえもそうだし、一緒に行ったメンバーが心からの愛を示してくれたりして、神さまに愛されてるんだ!!って前よりもずっと分かるようになりました。
友達との交わりの中での、「神さまも両親も、罪を告白したら絶対赦してくれるよ。」の一言も私にとって大きかったです。
感謝しています。
あとは初日に泊まらせていただいた教会で教会の方に、風邪が治った事やそういう事を少しだけ証しした時に、色々教えてくださって、愛されてるよって言ってくださったことがすごく印象に残っています。

次のボランティアも行きたい、行けたらと願っています。
理由は、次こそ心から仕えたい、自分を中心にして世界を回したくないからです。
そして被災者のみなさんに少しでも神さまの愛を感じてもらいたいからです。
一番の理由は、私も神さまの愛をもっと知りたいからです。
心から隣人を愛せる愛がほしいからです。

家で忠実に仕えることも被災地で仕えることと同じくらい大切だと分かったので、神さまが出て行きなさいと言われるその日まで、両親のもとで小さな事にも忠実に仕えたいと思います。
今回企画してくださったチア・にっぽんと、送りだしてくれた家族、そして誰よりも神さまに心から感謝します。

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ボランティア

Kさん(16)

最初、父たちが、前もって行ったときの話しを聞いていて、自分でも何かできないかなと思っていたので、今回行って奉仕とかできてとても良かった。

一日目、仙台から山を越えて陸前高田に入ったとき、一瞬自分の目を疑った。愕然とした。そこにはただ瓦礫のほか何もないような感じだった。そこに町があったとはとても思えなかった。
それから、大船渡に行った。大船渡はまだ陸前高田よりかは町並みを残していたが、そこには横転した車、またへし折られている電柱など津波の悲惨さが感じられた。またそこは水産業の盛んなところだったので、腐った魚のにおいがとてもすごかった。
その日の夜は、大船渡の教会に泊めさせていただいた。お世話になりすぎた気もする…。

二日目は、教会の庭の掃除をした。庭の上をヘドロが覆っていた。それをとり除く作業をした。作業をしている途中に魚の死体が落ちていた。その魚は悪臭を放ち、捨てるのにも一苦労だった。被災地の方々は毎日こういうのを目にし、また臭ったりするのは、本当に大変だと思う。
そのあと、釜石で東京や仙台から持ってきた物資を配った。10分ほどでなくなってしまった。午後からは、市のボランティアセンターで大量の皿洗いをした。今まで、見たことのないような皿の量だった。

三日目は、石巻の高橋さんのご自宅に行った。はじめに、物資を配った。その後、高橋さんのご自宅と海産物工場の掃除をした。最初に僕が割り当てられた仕事は、家にあった家具などの運び出しだった。その次は、海産物を入れる備え付の樽の中のヘドロ出しをやった。はじめは汚れるのがいやだったので上から少しずつやっていたが、効率が悪いので結局その中に入ってどろどろになりながら作業した。そこから、すべてのヘドロをかき出せたときには、「やったー!」と叫びたくなった。

今回の、ボランティアを通して、神様はいろんなことを自分に語ってくださったような気がした。人に仕えること、人間の作ったものはいつかなくなってしまうこと。自分の命もいつまでかわからないこと。この地震をなぜ神様が許されたのかはわからない。しかし、日本の人々を神様は見捨ててはいない。
そして、この災害を通しても、日本の人々が神様がいるということに気づいてくれればいいなって思った。
自分も将来、何か人のためになる職業に尽きたい。



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ヘドロのかきだし

Lさん(20)

「東北ボランティアレポート」
  今回、5月10日から13日までの4日間、東北ボランティアに参加した。
東北ボランティアに参加するのは初めてで、特に神様からビジョンや御言葉を与えられていた訳ではないが、以前から「自分もボランティアに参加したい」と思っていて、どちらかと言うと「テレビなどの映像を見るだけではなく、実際に被災地に赴いて被害状況や現状を自分の目で確かめ、体感したい。」と言う思いの方が強く、いろいろ考えてる時に東北ボランティアに参加してみないかと声をかけていただき、これも何か神様の導きだと思い、被災地に足を踏み入れることになった。

 5月10日早朝、寝不足で気だるい中、重い体を何とか起こし起床。
レンタルした2tトラックに支援物資や自分の荷物を積み込みチアのオフィスへ移動、そこで別のメンバーと合流し、また支援物資を積み、今回のボランティアの守りと祝福の為に祈り東北へ出発。

東北に近づくにつれて自衛隊の車両が目立つようになり、夕方5時ごろに陸前高田に到着。突然目の前に飛び込んできたあまりにも悲惨な光景に言葉が出なかった。
辺りを見渡しても瓦礫の他に大きな建物が僅かに残っているだけで、普通の民家は見当たらなかった。この瓦礫の処分は一体どうするんだろうと思う。

その後、外も暗くなってきたころ大船渡へ到着し、ここで車を降りて誰もいないゴーストタウンのような町の中をみんなで見て回った。数人でデパートの立体駐車場を昇り、自分はフラフラと一足先に屋上へ行きみんなを待つことに。辺りを見渡しながら待っていたが誰も来ない。「ん?」と思っていると遠くから車のエンジン音。見ると、ちょうどバスに乗り込んでる皆様が…。とたん何かに弾かれたように立体駐車場の4階からスロープを、2年間ろくに運動していない体で駆け下り、そこから50mほど離れた車のもとへ。自分以外のご一行を乗せたバスとトラックはすでに発車していたが、なんとかトラックに乗り込むことに成功。あんな所に置き去りにされたら堪ったものではない。

 翌日は釜石市のボランティアに参加した。瓦礫の撤去作業だろうと思い、防塵マスクと簡易防護メガネを準備し「いざ!」と気合を入れながら市のボランティアセンターに行ったところ、言い渡された仕事は、
  『皿洗い』
  しかしこの皿洗い、侮るなかれ。総勢23人でやっても5時間かかるほどの膨大な量で、終わるころには腰が痛くて辛かった。が、やり終えた時の達成感はとても気持ちが良かった。
 
高橋さん宅でのボランティアは数か所でヘドロや重油の除去作業を。
自分は主に水産加工場で排水溝に溜まった重油をスコップでかき出す作業を担当した。
最初はいかに服を汚さずに除去作業ができるか試行錯誤しながらやっていたが、服に重油がはねてからはどうでもよくなり作業に専念することができた。

 今回のボランティアでの自分達の活動は、全体から見ればほんの微力にしかならないが、ボランティアをやることに意味があると思う。
震災から2カ月経った今でも家を失い避難所生活を強いられたり、生活に必要な物資や仕事を必要としている人々は大勢いる。
  また、テレビでは見られない現実もあることを知った。
車での移動中に道路を挟んで片側は津波の被害を受けて、もう片側は何の被害を受けていない光景を見た。
  津波の被害を受けなかった場所は一見、普通に暮らしてるように見える。だが実際には仕事を失ったり心に傷を負っている人たちが大勢いる。
  他の人も言っていたが、支援物資のニーズは地域によって全く異なる。ある地域では「衣類はいらないが、食料や飲料が欲しい」、また別の地域では「衣類でも上着はあるがズボンや靴が欲しい」と言う声も現地で実際に聞いてきた。また、被災地の市の職員からは必要ないと言われても、被災者に直接聞くと「是非下さい」と言われることがあると言うことも知った。

 4日間ボランティアをしていて誰一人、嫌な顔をせず一生懸命にやっていた。本当に素晴らしいことだと思う。
またこの震災を通して神様が私たちに何を伝えたかったのか、何が神様から僕たち自身への警告だったのかを考え祈る必要があると感じる。
そして今回のボランティアでの経験は、聖書で「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい」とイエス様が私たちに言われているように、「地の塩、世の光」として世に出て行く為の第一歩になったと思う。
最後に今回ボランティアに参加し被災地で人々に仕えることができ、誰一人大きな事故や怪我もなく無事に帰って来られたことを心から主に感謝します。

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ヘドロの池

Mさん(16)

「ボランティアに参加して」
今回、5月10日から13日までのボランティアに参加しました。
津波の跡を見て感じたのは、とにかくすごいということでした。何故、神様は、今までにないくらいの津波を日本に起こされたのか、それを考えたとき、主が日本を選ばれたのだと感じました。ここからリバイバル、イエス様の愛と赦しのムーブメントが始まって欲しいと思います。
作業の中で、1日で終わらないはずの量のヘドロ掃除が終わったとき、それだけで被災者の方々に証になるのではないだろうかと強く感じました。また、作業の背後に神様がいるので、大変だったけれども楽しむことができました。その姿を見た被災者の方々が元気をもらったと言って下さり、とても嬉しかったです。
今まで、小中高と学校に通っていましたが、修学旅行などでは、毎回、楽しいけど、何かが足りないという気持ちで帰ってきてました。しかし、今回、クリスチャンの方々と4日間を過ごし、会話の一つ一つの中に神様がいることがとても嬉しく、足りないのは、主イエスさまがいなかったからだということに気がつきました。
また、参加する前は、自分が楽しめる仕事に就きたいと思っていましたが、今回、このボランティアで、主を中心とした、人を助けられる仕事に就きたいと思いました。
この機会を与えてくださった方々、また、主、イエスさまに感謝します。ありがとうございました。

 

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